友情結婚相談所カラーズを通じて成婚し、7年目を迎えたさくらさんとだいすけさん。フレマで月に一回開催しているリアルイベント、2026年2月の会にはお二人をゲストにお呼びして、同居・子どもなしスタイルで生活を築いてきた具体的なお話を伺った。
家計管理の仕組み、週末の話し合い、ホワイトボードで可視化された家事分担。どれも理にかなっていて、理想論ではない重みがあった。
しかし、参加者たちの胸の内は、単純な「素敵ですね」では終わらなかったように思う。
結婚そのものへのハードル

まず共有されたのは、「結婚」という言葉そのものの重さである。
「普通に付き合って、普通に結婚すること自体が、そもそも難しい」
そんな本音がこぼれた。もし結婚するなら、友情結婚の方が自分には合っている気がする。しかし、“する”と決断するところまで辿り着けない。
子どもが欲しいから結婚したい、という気持ちはある。しかし、本当に育てられるのか。責任を引き受ける覚悟はあるのか。経済的にも精神的にも余裕があるのか。問いを重ねるほど、よくわからなくなって……と正直な心境を明かしてくれた参加者も。
結婚は希望であると同時に、自分自身の価値観を浮き彫りにするきっかけにもなってしまうのかもしれない。
今は大丈夫。でも、この先は?
今は一人で暮らしていても問題はない。仕事もあり、友人もいる。体も問題なく動くし、病気もなく健康体だ。だけど、年齢を重ねたその先は? その問いは、誰の胸にもあるだろう。
共同生活には、単純な利便性以上のものがある。家に帰れば誰かがいる安心感。体調を崩したときの心強さ。ふとしたときに交わせる何気ない会話。そうした“日常の共有”は、一人暮らしでは得にくいものだ。
だからこそ、友情結婚という選択肢は魅力的に映る。しかし、それでもなお、踏み出せない。
参加者のなかには、すでに友情結婚相談所カラーズに入会し、婚活を進めている方も。しかし、条件面での難しさに直面しているという。子どもなしを希望する女性は一定数いるものの、男性側で同じ希望を持つ人はまだ少ない。理想を明確にすればするほど、母数は減っていく。
友情結婚相談所では、最初に「話し合い冊子」に細かな条件を書き出す。お金の管理方法、妊活の可否、親との関わり方、住む場所。合理的で誠実な仕組みだが、それは同時に、現実を可視化する作業でもある。
条件は安心材料であると同時に、選択肢を狭めるものでもある。そのバランスの取り方に、皆が迷っている。
周囲に言わない選択も「あり」
友情結婚をしている事実を家族や親戚に伝えている人は、ほとんどいないのだとか。
しかし、それは後ろめたさからではない。「理解してもらわなければならない」という義務なんて、そもそもないのだから。自分の人生の設計図を、全員に説明する必要はない。話す自由もあれば、話さない自由もある。
社会的な承認を得ることと、自分が納得することは必ずしも一致しない。その事実を、参加者たちはすでに知っているようだった。
また、老後についての質問も飛んだ。
「子どもがいたとしても、面倒を見てもらう前提ではない」
さくらさんとだいすけさんは共通してそう語る。施設に入る前提で貯金をする。自分の面倒は自分で見るという感覚。子どもを持たない人生を選ぶならなおさら、他者に依存しない老後設計が必要になる。そこに幻想はないだろう。どこまでも現実的な目線で見つめている。過度な期待もない。
それはある意味で、成熟した視点なのかもしれない。
勢いという決断
会の終盤、さくらさんはこんな言葉を口にした。
「ここで立ち止まったら、また最初からやり直しになると思った」……完璧な確信があったわけではない。結婚を決めたのには、ある程度の勢いもあったという。
だいすけさんも、「友情結婚に興味があるなら、無料相談だけでも行ってみるのはありだと思う」と重ねた。友情結婚は正解ではない。しかし、現実的な選択肢ではある。踏み出すかどうかは、その人のタイミングでよい。
イベントは終了時間ぎりぎりまで続いた。最後まで、話したいこと・聞きたいことが尽きないようだった。
参加者たちが持ち帰ったのは、「やるべき答え」ではない。むしろ、問いである。
自分はどんな暮らしを望んでいるのか。
何を失うことが怖いのか。
そして、何を守りたいのか。
友情結婚は、ゴールではない。人生設計のひとつの形にすぎない。しかし、その形を具体的に想像できた会だったことは確かである。
踏み出せない自分もまた、真剣に将来の生き方を考えている証なのだから。



