NHKドラマ『恋せぬふたり』は、高橋一生、岸井ゆきの演じる、恋愛感情を抱かない男女が主人公の物語。「アロマンティック」や「アセクシャル」と呼ばれるセクシュアリティのふたりが、恋愛や結婚とは違う新しい家族の形を模索しながら、ともに生きていく姿を描いきます。「普通」であることを求められる社会で、ふたりがどのように自分らしく生きていくのか。その姿がとても柔らかく、深く問いかけてくるドラマです。
「普通の幸せ」に疲れてしまうあなたへ
このドラマで忘れられないのは、主人公の兒玉咲子（岸井ゆきの）が自分の家族にぶつける「普通の幸せって何？」「普通の家庭って何？」という言葉です。
彼女は恋愛感情を持たない自分自身のセクシュアリティに気づいていって、その生き方を理解できない家族から受けるプレッシャーに苦しんでいます。私も覚えがありますが、お盆休みに実家に帰るたびに親戚から「良い人はいないの？」と尋ねられたり、あるときなんて、法事で訪れたお坊さんに「早く良い相手を見つけて結婚して、少子高齢化を止めてもらわないと」と言われたりしたこともありました。
悪気がないことはわかってるんです。でも、だからこそ、咲子の問いかけは、私たちがいかに無意識に「普通」を押しつけられ、ときに自分らしく生きることさえ忘れてしまうか、そんな息苦しさを代弁しているようにも思えます。
このドラマを通じて、私たちはあらためて自分の「普通」について考えるきっかけをもらえます。
咲子は、たまたま知り合った高橋羽（高橋一生）と同じセクシュアリティであることを知り、恋愛関係を介さない“新しい家族の形”をつくろうとします。高橋が放つ「納得も理解もしなくていいんじゃないですか」「こういう人間もいる、で話、終わらないんですかね」という言葉も、また印象的でした。
世のなかは多様性を受け入れようとする一方で、身近な人になるとつい理解や共感を求めてしまいます。でも、このドラマはそれを優しく否定するんです。
理解できなくても、そっとしておいていい。無理に分かろうとしない距離感こそが、本当の意味で相手を尊重することにつながる。そんなふうに伝えているようにも思えます。相手を尊重するということは、すべてを分かろうとすることではない。その人を、その人のまま、ありのままに受け入れることなんだと気づかされる、というか。
恋愛しなくても家族になれる？
あともうひとつ、このドラマを見ながら感じる疑問のひとつが「恋愛や結婚がなくても、人は家族になれるのだろうか」ということでした。
咲子と高橋は、恋人ではない。だけど、一緒に生きていく新しい形の家族を目指します。でも、どこまでが家族で、どこからが他人なのか、その境界はとても曖昧です。お互いを完全に理解しているわけでもないし、ときには距離を感じることもある。それでもふたりが支え合っていく姿からは、恋愛感情を超えた、深く穏やかな人間関係の魅力が伝わってきます。血縁や恋愛関係だけが家族をつくる条件ではないことを、このドラマは優しく示してくれます。
一人ではなく、誰かと生きたいという願い
「恋愛しない人は一人で生きていかなきゃいけないの？」ドラマに登場するそんな問いかけに、胸がきゅっと締め付けられるシーンもあります。これは、恋愛感情を持たないセクシュアリティの人が、一人で生きることを当たり前だと思われてしまうことへの抵抗を表しているのではないでしょうか。
でもこのドラマは「どんな人でも誰かと一緒にいたいと思うのは、わがままじゃない」と静かに、力強く語りかけてもくれるんです。その言葉は、多くの人の心に温かな安心感を与えるはず。孤独は誰にでもあるけれど、誰かとつながりたいという気持ちは、人間として自然な感情である。そんなふうに感じさせてくれます。
『恋せぬふたり』を観ていると、「普通」や「常識」に縛られて自分らしく生きることが難しいと感じている、多くの人々の姿が浮かぶようです。
咲子や高橋が自分らしく生きる道を模索しながら、傷ついたり迷ったりする姿に共感し、励まされます。彼らが見せてくれる生き方は、必ずしもすべての人に理解されるものではないかもしれませんが、自分らしくいることの尊さを感じさせてくれます。
「普通」を超えて自分らしく
『恋せぬふたり』は、恋愛や結婚をしなくても人は深く繋がり合えるということを教えてくれるドラマです。
「普通」や「理解」を無理に押しつけず、お互いの違いを静かに尊重すること。誰もがもっと自然体で、自由に生きていける社会に向けて、このドラマは優しく背中を押してくれるような気がします。
観終えたあとにはきっと、肩の力を抜いて「普通」ではなく「自分らしさ」をもっと大切にしたいと思えるんじゃないでしょうか。
