最初に、私自身のことを少し話させてください。
私は、いわゆるノンセクシャルにあたる人間です。
誰かを大切に思う気持ちはある。
一緒にいたい、話したい、心を通わせたいと思う。
けれど、性欲や性的な欲求が、常にそこにあるわけではありません。
それを自覚するまで、私は長いあいだ「自分がおかしいのではないか」と思っていました。
性欲が湧かない日があるたびに、理由を探し、原因を責め、改善しようとしていたのです。
でも今は、はっきり言えます。
性欲が無い日があるのは、当たり前です。
そこに、良いも悪いもありません。
性欲の変動を中立に捉える
性欲は、感情や体調と同じように揺れ動くものです。
毎日同じ気分でいられないのと同様に、性的な欲求も一定ではありません。
それなのに、性に関してだけは「常にあるのが普通」「減ったら問題」と扱われがちです。
そうした空気の中にいると、性欲が無い自分を異常だと感じてしまいます。
私自身も、「今日は性欲が無い」という事実を、そのまま受け取れませんでした。
疲れているからだろうか。
相手を愛していないからだろうか。
何か努力が足りないのではないか。
けれど、あとから振り返ると、それはすべて“意味づけ”でした。
性欲が少ないという事実に、無理やり理由を貼りつけていただけだったのです。
変動は、変動として扱う。
それだけで、心はずいぶん軽くなります。
情報に触れる前の心の整え方

性について悩むと、答えを探したくなります。
ネットの記事、SNSの体験談、専門家の意見。
私もたくさん読みました。
ただ、その多くは「どう改善するか」「どう高めるか」という前提で書かれています。
それを読むたびに、「やっぱり私は足りない側なんだ」と感じていました。
大切なのは、情報に触れる前の心の状態です。
不安なまま情報を浴びると、自分を責める材料ばかり集めてしまいます。
私は、読む前に一度立ち止まるようにしました。
今、何が一番つらいのか。
本当に知りたいのは、方法なのか、それとも安心なのか。
そう問いかけるだけで、受け取る情報の重さが変わります。
すべてを鵜呑みにしなくていい。
合わないものは、そっと脇に置いていいのです。
日誌と合図を共有して可視化する
自分の状態を、頭の中だけで管理するのは難しいです。
私は、簡単な日誌をつけるようになりました。
体調、気分、安心感。
性欲があるかないかも、淡々と記録します。
評価は書きません。ただの事実です。
そして、信頼できる相手がいる場合は、合図を共有することもあります。
今日は余裕がある日。
今日は触れられると疲れる日。
言葉でも、態度でも構いません。
可視化すると、「察してほしい」が減ります。
誤解も、無理も、少しずつ減っていきました。
性に依存しない関係維持を考える

関係性を保つために、性が必須だと思われがちです。
けれど、実際には、安心感や信頼のほうがずっと土台になります。
一緒に笑えること。
沈黙が苦しくないこと。
弱い部分を見せられること。
私は、性に依存しない形でつながれる関係に、ようやく居場所を感じました。
性欲がある日も、無い日も、関係が揺らがない。
その安定感は、想像以上に心を支えてくれます。
性欲が無い日があるあなたは、怠けているわけでも、冷たいわけでもありません。
ただ、その日の状態がそうなだけです。
もし今、自分を責めているなら。
一度、責任を下ろしてみてください。
あなたの感覚は、あなたのものです。
どう在りたいかを決める権利も、あなたの側にあります。






