気がついたら、35歳になっていた。
まだ10代だったころ、20代や30代なんて遥か彼方だったのに。30代も折り返しかけているいま、40代になるのも50代になるのもあっという間なんだろうな、と簡単に想像できる。そんな私は、まさに光の速さで過ぎていく時間が根本的に怖くなり、怖くなったからこそ“ある約束”を自分と取り付けた。
それは、今後の人生、好きな人とだけ会い、好きな場所だけに行き、好きな仕事だけをすること。
そう決めたら、心が驚くほど軽くなった。でも、それを決めるまでには何年もかかった。なぜなら、この現代社会、女ひとりがそんな生き方をするには、まだまだ簡単な世の中ではないからだ。
「もっと人付き合いしないと」「仕事を選んでたら食べていけないよ」。何度も聞かされた言葉。たしかに、仕事は我慢が必要な場面もあるだろう。でも、人間関係まで我慢する必要は果たしてあるんだろうか?
どうでもいい人と会い、心をすり減らし、興味のない集まりで時間を浪費すること。それが「大人の義務」なのだとしたら、そんなものはきれいさっぱり捨ててしまいたいと思った。35歳。人生の時間は有限である。私の時間は、私だけのものである。
さようなら、どうでもいい人たち

最初にやったのは「覚悟を決めること」だった。会いたくない人とは、もう会わない。飲みたくない酒は、一滴も飲まない。行きたくない場所には金輪際、行かない。書きたくない文章は一文字も書かない。使いたくない言葉だって、使わない。
それだけのことなのに、どうしてこんなにも勇気が必要なんだろう。友達が減るかもしれない。仕事が減るかもしれない。その結果、孤独になるかもしれない。「孤独死」という言葉は各方面で使われ過ぎて、ある意味どこか現実味を持てない言葉になりつつあるけれど、でも私は孤独死するかもしれない未来を想像すると、まだまだ新鮮に怖い。
でも、ある日ふと「もういいや」と思った。いままで誰かの期待に応えようとしていたのは何だったのだろうか。なぜ自分の時間を犠牲にしてまで、どうでもいい人たちに合わせていたのだろうか。そう考えたら、孤独死するかもしれない恐怖をやり過ごすために会いたくもない人と会い、無駄な時間を使うよりも、恐怖と向き合いつつ自分のために時間を使おう、とストンと思えるようになった。
金輪際、私の時間を無駄にしない。そう決めたら、驚くほど心が軽くなった。
しかし「会いたい人だけに会う」「好きなことだけをやる」……そんな理想の暮らしを叶えるには、やっぱり少しの努力がいる。
私はフリーライターだ。最小限の労力で最大限のリターンを得るため、単価の高い仕事を取ったり、継続案件で成果を出してコツコツと単価交渉をしたりしてきた。独立した当初は「1文字0.1円」なんて白目剥きそうになるような条件で仕事をしていたけれど、なるべく長期で高単価な案件を確保するとともに、極力、無駄な仕事はしないと決める。なかなか経済的に厳しい時期もあったけれど、ありがたいことになんとか現在は、30代女性の平均年収くらいは稼げていると思う。
でも、それでもまだ、私にとって100%の理想じゃない。
「週1日3時間働くだけで生きていけるくらいの収入があればいいのに」と何度も思う。だけど、そう簡単にはいかない。だから、ときにはやりたくない仕事をすることもある。でも、それも「この仕事は未来につながるか?」と自分に問いながら選ぶのだ。大切なのは、ストレスを感じるかどうかではなく、自分の意思で選んだかどうか、だから。
何を捨て、何を選ぶか

人生は選択の連続だ。どこに住むか、何を食べるか、誰と過ごすか。すべては「選ぶ」ことから始まる。でも、選ぶことは同時に「捨てる」ことでもあると思う。
私が選んだのは「自分ひとりの時間を大切にすること」。私は典型的な、ひとりでいればいるほどHP(ヒットポイント)が自動回復していく、完全な内向型人間である。いかに孤独な時間を確保するかで、メンタルが安定するかどうかが決まる。
自分の理想的な「孤独」を手にいれるために、いくつかのものを手放した。友達の数。仕事の幅。社会的なつながり。でも、それでもいいと思った。何かを選ぶということは、何かを諦めることとイコールでもある。一見寂しいけれど、でも決して悲しいことではない。
「やりたいことだけやるなんて、そんなの無理だよ」と言われることもある。たしかに、いきなり100%を目指すのは厳しい。でも「いま、この瞬間から、やらないことを決める」ことはできるんじゃないだろうか。
会いたくない人には会わない。そう決めるだけで、人生はきっと少しだけ楽になる。行きたくない場所には行かない。それだけで、ストレスはきっと減っていく。
小さなことでいい。いますぐ全部を変えなくてもいい。「自分の時間は、自分のものだ」と決めること。それは、誰にでもできるはずのこと。
私も、まだまだ理想の生き方を模索している。完璧にはほど遠い。でも少なくとも、どうでもいい人たちに時間を使い、いたずらに消耗する生活からは卒業できた。「好きな人とだけ会う」。無茶だと思っても、まずはそう覚悟を決めたからである。
生きていくうえで大切なのは、誰かの期待に応えることじゃない。自分が心地よいと思える人とだけ時間を過ごすこと。その覚悟と勇気を持つこと。「好きな人とだけ会う」。その決断をするのは、あなた自身なのだと思う。